日本の忘れられたコミュニティにおける沿岸部の回復力
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Interview

日本の忘れられたコミュニティにおける沿岸部の回復力

Q&A with Leslie Mabon
May 12, 2022

日本での漁業への大きな依存は経済的なものだけではなく、国としてのアイデンティティと誇りにも関わっています。NBR所属の會田千尋はオープン大学に所属するレズリー・メイボン氏と、福島第一原発事故後の日本の漁業の状況や国内で見落とされがちなコミュニティーにおける「公正な移行」への努力についてインタビューを行いました。

多くの隣国が放射性物質の影響を恐れ日本からの食料輸入を制限するなど、福島第一原発事故は日本の漁業の弱点を露わにしました。このような前代未聞の環境や社会経済における困難に日本の漁業がどのように対応し、この惨事からどのようなことを学ぶことができると思いますか。

福島第一原発事故の詳細は独特であるかもしれませんが、災害の根本的な要素はそうではありません。世界中で起きている石油流出や産業汚染は昔から、突然起こる取り返しのつかないような大きな環境変化がどのように海沿いの地域を影響するか示してきました。気候変動やエネルギー危機の状況下でますます困難な決断を強いられる中、今後も人々が住み、働く海沿いの地域において住民の許容範囲を超える速度や大きさで環境が変わっていくでしょう。このようなことから、福島海岸で起きていることは原子力がもたらすリスク以外にも多くのことを学ぶことができると考えます。

福島第一原発事故から学ぶことができる数々の重要なポイントのうちの一つは、彼らの生活に影響があるような重要な決断の際に、漁師など主要な関係者を含むコミュニティーをできるだけ早い段階から巻き込むことの大切さです。現在福島で起きているALPS処理水の放出に関する論争から読み取れるのは、漁業が単なる経済的活動に限らないということです。漁業は経済的活動であるほか社会的にかつ文化的に意味ある活動であり、現地のコミュニティーにとっての独自性や尊厳の源でもあります。それ故、ただ単に賠償金を払ったり消費者を「啓蒙」したりすることで漁業が直面している混乱を解消することはできません。福島の海洋環境における決断プロセスの早い段階でこのような考えを理解していれば、今起きているような極端に分極した状況を避けることができたかもしれません。

現在、日本政府は処理水を海洋放出する計画を承認し、国際原子力機関(IAEA)などの国際団体が海洋放出の詳細を監督しています。しかし漁師たちは海洋放出の行動自体に反対の声を上げ続けています。これら二つの立場においてお互いが妥協して解決する可能性は低く、処理水を海洋放出するという決断はほぼ確定しているようです。

福島第一原発事故から学ぶことができる二つ目のポイントは、現地の研究者や専門家が国際的な研究や交流に関わることについてです。福島第一原発事故の漁業に対する社会的及び文化的な影響についての日本語での研究は非常に豊富である一方、英語で福島の海洋環境に関する地元の研究者、地域団体、また利害関係者の声を聞くことは滅多にありません。The Guardian のジャーナリストであるジャスティン・マッカリー氏は海洋放出の話が進む中、福島の漁師たちの視点を国際的な聴衆に向けた素晴らしい記事を発信しています。同様に国際環境NGO団体であるグリーンピースは福島県の海洋環境と福島の漁師たちの声なき声について英語でのリポートを出版しました。他にも東京海洋大学の長年に渡るワークショプシリーズなど、福島県の漁業や沿岸利害関係者に関する研究プロジェクトもあります。しかし、科学的根拠を通して処理水に関する政策や管理方法を働きかけようと考える国際団体は、福島の漁業に関する深い地元知識を持つ漁師たちや日本に滞在している研究者たちに対し、より積極的に接触すべきでしょう。

今までの日本における実地調査を通して、将来の地球温暖化による影響や自然災害及び人工災害に耐えることができる、持続的な沿岸地域をデザインするためにどのような政策要素が必要と考えますか。

地球温暖化や極端気象などに対する回復力や適応力を強化するためには、地方自治体がとても重要です。私が考える回復力の定義とは、コミュニティーや社会全体が外部からの衝撃や圧力に対して核となる機能を失わずに適応できる受容力です。土地利用計画、環境管理、また忍耐力を強化するための議論などは主に地方自治体レベルで行われます。特に日本の小さな地方自治体において、地球温暖化がどのようにその地域を影響し、それに備えて経済的資源及び人材資源があるよう計画することが極めて重要になってきます。地方自治体における環境管理、都市計画、また社会福祉などの部署で働く人々は気候変動適応とは何か、また地域被害を抑えるためにどのような行動を取るべきか理解する必要があります。

少子高齢化及び税収低減のなか、地方自治体の多くはこのような知識やスキルを持つ人材を獲得するのに苦労するでしょう。しかしながら強烈な暑さ、洪水、及び海洋酸性化などの気候変動影響は既に無防備な人々や場所を真っ先に直撃しており、例えば沿岸漁師のように小さな船しか持たない人々や、乱獲により減少する漁業資源、加えて漁師たちの高齢化等によりプレッシャーが高まるでしょう。従い今いる従業員に向け的確に構築された訓練を実施もしくは外部雇用を進めることで、気候変動影響を抑制する力を強化し、地方自治体が直面する様々なプレッシャーに上手く応じられるようにすることが必要でしょう。

気候変動による災害とそうでない災害をはっきり区別することは色々な意味で難しいと思います。震災や火山噴火などの災害は気候変動に関係なく起きますが、地滑りや台風や熱波といった災害は常に何らかの形で起きていたものの、人為的な気候変動により次第に強さと頻度を増しています。一方では、これらの災害は共通の対応を必要としています。具体的には、最も権限の少ない経済的弱者が真っ先に災害の被害を被る一方、どのような人や物が守られ、何がどこに再建されるかといった決断は常に社会的及び政治的なものと理解することです。また他方では、気候変動は私たちを未知の領域に連れて行っており、変動の程度やペース、規模は我々現社会が今までに経験した以上の可能性があるため、災害対応への私たちが持つインフラやプロセス、知識を圧倒することが考えられます。

すなわち日本の場合、政府機関と研究者がその役職を問わず既存の災害予防対策に対して自己満足しないことが重要になります。私は、日本は自然災害に対応してきた長い歴史から、気候変動にも上手く適応ができるとよく聞きます。しかしながら、災害に対する歴史的経験が気候リスクを軽減する政策やインフラに繋がることは事実である一方、2021年における熱海と静岡県における地滑りや同年に起きた広島県と九州における致命的な洪水からわかるように、気候関連の異常気象は日本のインフラや災害計画を圧倒する可能性があります。したがって、国と県と地方レベルにおいて道路や鉄道線路などの物理的インフラを気候変動の影響に対応できるようアップグレードするほか、熱波や沿岸洪水などの異常気象に対応できるように既存するリスクコミュニケーションと災害管理計画を再調査の上更新する必要があります。

国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)において注目を浴びた「公正な移行」というフレーズはまだ展開しつつあるコンセプトであると同時に、国際的に弾みがつき始めています。日本においてこのようなディスカッションはどのようなものであり、全国の様々な地域において公正な移行を成し遂げるに当たってどのような障害がありますか。

日本は公正な移行というアイディアが発達した国々(例えばカナダ、オーストラリア、スコットランドなど)とは大きく違う点があります。それは何かというと、日本には化石燃料を産出するために直接的に働く大きな国内産業がないということです。それでもなお、日本の非政府組織、学界、また政党は火力発電所、石油化学精製プラント、製鋼所、また原子力発電所などの施設において働く人々のような、持続的なネットゼロ社会に向けて合致しない職業が今後どうなるかについて既に問い始めています。このほかにも、北海道にある夕張市や九州にある大牟田市など、1970年代に日本のエネルギーシステムが石炭から離れ、国内の石炭鉱山が閉鎖していく中経済的困難に陥った歴史的な産炭地域は存在します。

すなわち、現時点で日本における公正な移行を成し遂げるための重要な課題は、現在火力発電所、鉄鋼、及び石油化学などの産業に強く偏っている地域や地方自治体を、メガ太陽光発電プロジェクト、水素や二酸化炭素を運ぶ大型船の建設、及び国内の太陽光発電の設置もしくは追加導入などのようなネットゼロ要素が豊富な地域と繋げることです。このために重大な要素は、従業員のスキルがネットゼロ・インフラに必要なスキルと合致するよう確保することと、必要な場合は再訓練のためのサポートを用意することです。

加えて、今後ネットゼロ・インフラの負担を負わなければいけない地域が長期的な経済的報酬及び高品質な職業など、実体的な利益を経験するようにしなければいけません。特に北海道にある室蘭市などのような場所が、既存する高排出鉄鋼業と深水港を利用して町を洋上風車の生産と設置の中心にするといった野心的な計画を立てていることを考えると、大変ワクワクします。既存のスキル、インフラ、地域独自性を力に気候変動とサステナビリティー目標を果たすことは、日本の公正な移行の重要な要素となります。

国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)では何を期待していますか。どのような協定や政策が今後気候変動やその他の災害に向けてコミュニティーを経済的及び社会的に備えるために必要でしょうか。

日本人の視点から、COP27で欠かせないのはエネルギー・ミックスから石炭を完全に漸次廃止することにより強くコミットすることです。これはどういうことかというと、国内において石炭を漸次廃止するための明白なタイムラインを作ると同時に、海外、特に南アジアと東南アジアにおける新しい石炭発電所へ資金を出さないということです。日本政府はCOP26で経済的に開発途上の国々における気候変動適応策を支える資金についてたくさん話していましたが、あまり裕福ではない国々における気候変動に関連した損失または損害を補償するためにも、これはそもそも気候緩和へのより強いコミットメントと同時に行われるべきです。

しかし、同時にCOPのプロセスにあまり期待しすぎないことも大切です。この会議とより広範な国連気候変動枠組プロセスは気候変動アクションに向けての基準を設定することと国家間における構造化された交渉の場を作るのに重要です。しかし、実際問題として、COP27はいくつもの存在する気候変動アクションを形作る会議のほんの一つに過ぎません。例えば、世界中の都市間や地域間における約束や協定のような、国家未満レベルで行われるアクションは法的拘束力がないかもしれませんが、様々なコミュニティーとそれらを管理する人々がよりハイレベルな気候野心にコミットし、経験や知識を交換し合うのに効果的な土台となります。

例えば、京都府京都市は2021年に脱石炭国際連盟に加盟し、市のエネルギー・ミックスから化石燃料を漸次廃止すること及び再生可能エネルギーへの移行にコミットしています。こうすることで、京都市は日本で最初にこの連盟に加わる地方自治体となり、日本政府よりも先に石炭を漸次廃止することへの強いコミットメントを示しました。このような地方自治体レベルでのビジョンとリーダーシップが国家レベルの弱いコミットメントに対してより野心的な気候アクションにつながる好例と言えます。

日本のその他の場所では、北海道の夕張市の地方自治体や市民社会団体が1990年代における市の鉱山の閉鎖とその後の2000年代半ばの破産の後、コミュニティーの回復に向けて大事な役割を果たしています。鉱業の終了後、残った減衰した鉱山のインフラと著しい過疎化のために、夕張市はよく日本の産業衰退の有名な事例として知られています。

あまり注目を浴びないのは市のその後の努力です。市政府は、住みやすさを増し、新しい住民を引きつけるために新住居を小さく、コンパクトな中心を持つように建築することで市を「縮小する」という野心的な計画があります。一方、清水沢プロジェクトのような夕張市の市民社会団体は、ウォーキング・ツアー、子供のためのランチクラブ、また炭鉱業の文化遺産を管理するなど、コミュニティーの連結性と忍耐力を構築するための活動を始めています。夕張市はなお、地域経済と職業を保つために石炭や二酸化炭素排出量が多い活動に頼ってきた日本の各地において、より回復力のある都市形態への公正な移行を実現することができるということを示す、興味深い事例です。

他に共有したい考えや問題はありますか。

私は京都大学と九州大学の研究員とともに、日本の持続的なネットゼロ社会に向けた公正な移行に関する、英国学士院により資金提供されたプロジェクトの研究代表者を務めています。このプロジェクトは広範囲です。私たちは既存する日本の公正な移行に関する政策や研究を調査し、地域的な労働人口の数値と二酸化炭素排出量の多いインフラを分析し、国民のエネルギー移行やエネルギー・システムにおける水素に対する考え方を調査し、日本の数カ所において地方自治体レベルにおける公正な移行とは何か深く研究しました。プロジェクトのレポートはつい最近公開となり、ここから読むことができます。


レズリー・メイボン博士は英国のオープン大学にて環境システムの講師。彼は環境社会科学者であり、回復力のあり持続的な沿岸地域社会への公正な移行に興味がある。メイボン博士は日本、台湾、及び出身のスコットランドにて豊富な研究経験があり、近頃は日本の公正な移行に関する英国学士院により資金提供されたプロジェクトの研究代表者を務めた。彼の研究ブログはresilientcoastal.zoneにてアクセス可能なほか、@ljmabonにてTwitterでフォロー歓迎。

このインタビューはNBRのエネルギー・環境グループのプロジェクトアソシエート、會田千尋の実施・英訳による。